もう、昔の話だ。
まだ17、18才の学生の頃、ホテルで行われるパーティーに誘われて出席しなければならない事態になった。
当時つき合っていた彼女を伴って出席するつもりだった。そういう性質のパーティーだったし、かつフォーマルなパーティーだった。僕は安物だけど手持ちのスーツを着ることにした。
彼女に同伴してくれるようパーティーの話をした。彼女はちょっとうつむいて寂しそうにこう言った。
「着て行く服がないわ・・・」 まだ17才だ。
パーティーは9月で、今はまだ7月の初旬だった。
僕は夏休みを利用してアルバイトをした。ビルの壁面をクリーニングしながら窓枠を補修したりする建築関係の仕事だ。新宿の千駄ヶ谷にほど近い明治通り沿いにある大きなビルが現場だった。毎朝ホンダの400ccのオートバイで通った。
そして9月には10数万円の報酬を受け取ることが出来た。そのお金をポケットに入れて彼女を誘い「ドレス」を買いに行った。ベージュ色の大人っぽいドレスに靴、手袋と髪飾を買うことが出来た。
彼女はボロボロと大粒の涙を頬に伝わせながら「ありがとう」と言った。
僕はただ当たり前の目標に向かい行動しただけだと思っていたので少しビックリした。ドレス屋さんの女性も涙を流していた。若い男の子特有の無頓着さだった。
パーティーが終わりしばらくすると恋は終わりを迎えた。
彼女が今どこで何をしているかも知らない。あれ以来会うことも噂を聞くこともない。
30年も前の話だ。その後一度離婚をした。
30才になって僕はまだ一度も会ったことのない、飛行機に乗らなければ会えない場所に住む一人の女性にメールでプロポーズをした。
そして今、その女性と3人の子供たちと一緒に暮らしている。
なぜこんな話を書いたかと言うと、昨日、僕にとても良い知らせが届いたからだ。
その知らせは僕に、ほんの少し、後ろを振り向くきっかけを与えてくれたからなのだと思っている・・・。